Top Experience 温故創新——日本料理「炎水」伊藤龍亮が守り、問い続ける出汁と炭火の世界
温故創新——日本料理「炎水」伊藤龍亮が守り、問い続ける出汁と炭火の世界

温故創新——日本料理「炎水」伊藤龍亮が守り、問い続ける出汁と炭火の世界

炭火と出汁。その二つに、伊藤龍亮氏の料理の原点がある。「炎」は炭火を、「水」は出汁を表す——店名「炎水」に込められたその言葉は、日本料理の根幹をそのまま屋号にしたものだ。北海道出身の伊藤氏は27年間、日本料理の研鑽を重ねて2020年12月に独立。「温故創新」をコンセプトに掲げ、受け継いだ知恵と自らの創造性を交差させる場として、「炎水」を開いた。

料理人になるきっかけ

幼い頃から台所に立つことが日常だった伊藤氏が、本格的に料理の道を意識したのは高校時代のアルバイトがきっかけだ。飲食店という場所が、料理人だけでなく、食材を管理する人、届ける人、接客する人——多くの手によって成り立っていることを知り、そのシステム全体に強く惹かれた。
東京の調理師専門学校で日本料理のコースを選んだのは、和包丁の世界への純粋な好奇心からだった。魚をおろす包丁、刺身を引く包丁、野菜を切る包丁——食材によって道具を変えていく、その奥行きに面白さを感じた。在学中からすでに「いつか自分の店を」という思いを抱きながら、日本料理一本で研鑽を積んでいった。

客の表情が、料理を育てる

メニューは月初めに刷新される。だが伊藤氏の仕事は、そこで完結しない。最初の1、2週間は細かいオペレーションの見直しをし続ける。カウンター越しにお客様の様子を観察し、食べづらそうな仕草が見えれば、すぐに提供の方法を見直す。アンテナを張り、感度を研ぎ澄ませながら積み重ねる心配りの先に、その月のメニューの完成形がある。

コースの軸となるのは出汁だ。席に着いたお客様の目の前で鰹節を削り、削りたてをそのまま口にしていただく。そして引き立ての一番出汁の上澄み——最もフレッシュな部分だけをその場で味わってもらう。カウンターをあえてフラットな設計にしているのも、この瞬間のためだ。削り台から漂う香りが、遮るものなく席の端まで届く。削る音を聞き、香りを感じ、削り節と出汁を味わってから、最初のお椀へ。その流れの中で、日本の先人が培ってきた食文化の知恵が、言葉ではなく体験として伝わる。海外からのゲストにも、その場の空気ごと届けるための演出だ。この場面のためだけに、陶芸家と共同制作したオリジナルの器が用意されている。

伊藤氏が大切にするのは「香りを重ねること」だ。香りの積み重なりが、塩分に頼らずとも料理を豊かにするという持論を持つ。ただし重ねるばかりではなく、流れを一度断ち切るアクセントも欠かさない。コース中盤に供される辛味大根のおろし蕎麦は、フランス料理でいうグラニテの役割を担う。蕎麦でさっと口の中をリセットすることで、次の皿への感度が新たに開く。「このタイミングでお蕎麦なの?」と驚かれた後に、すっきりと喜んでいただける——その緩急こそが「炎水」のコースに宿るリズムだ。

飲み物への眼差しも同様に鋭い。鹿児島・指宿のかつお節問屋、福井・敦賀の利尻昆布問屋、そして鹿児島・垂水の温泉水と、長年の信頼で繋がれた仕入れ先が料理を支える。お酒に加え、台湾・中国のお茶を含む厳選されたティーセレクションも揃え、静岡の「玉露おくみどり」はテイスティングの瞬間に圧倒的な差を感じて選んだという。ペアリングを楽しみたい方にはおすすめを案内しつつ、料理は料理、飲み物は飲み物として自由に楽しんでほしいという姿勢も、伊藤氏らしい。

志を見抜き、可能性を引き伸ばす

若手の育成について話が及ぶと、伊藤氏の言葉には明確な信念が滲む。「修行」という言葉を脱却した「細やかな教育」が大切だと語る。採用の際に重視するのは技術よりも人間性——独立を目指す志があり、仕事を選ばずどんなことにも向き合えるかどうか。そこに伊藤氏が求める素質がある。

店舗改装の期間中、若手スタッフを蕎麦職人のもとへ送り出したことがある。集中的に習得したその技術で打たれた手打ち蕎麦が、コースの締めとして供された。一人ひとりの得意なところを見つけ、引き伸ばしていく。それが店全体の進化につながり、結果として伊藤氏自身も、より創造的な仕事に向き合う時間を確保できるようになる。

将来的には、料理のカリキュラムだけでなく、独立のための資金の動かし方や開業に必要な知識まで体系的にサポートできる仕組みを作りたいとも語る。料理業界にはそうした情報が少ない。プロスポーツ選手の周りにサポートスタッフがいるように、若手の進む道を支える環境があれば、もっとよい人材が育つはずだという確信が、その言葉の奥にある。人を育てることが、そのまま店の未来を育てることでもある——その考え方は、余分を削ぎ落とした先に本質を見出す料理の仕立て方と、どこか同じ輪郭を持っている。

炭火と出汁が宿る、一夜限りの食卓へ

東京・中目黒に店を構える日本料理「炎水」は、コースのみの完全予約制。カウンター8席と個室1室の特別な空間では季節ごとに産地直送で届く素材——鳥取県境港のセイコガニ、聖護院かぶら、天然とらふぐなど——が、その月の食卓を彩る。

「温故創新」——古いものを温め、そこから新しいものを創り出していく。温故「知」新ではなく、あえて「創」の字を選んだのは、先人の学びを自分の中で0から1に変え、未来へ繋いでいきたいという伊藤氏の意志だ。「炎水」のカウンターで提供される未来に語り継がれるような新しい日本料理の数々をぜひ、体験してほしい。

日本料理 炎水

炭火の炎、だしの水を日本料理の原点ととらえ「炎水」を掲げた。その矜持を込めるのが煮物椀。鹿児島から水を取り寄せ、熟成昆布と本枯節からだしを引く。椀種は炭火の香りをまとわせ主題に沿う。日々の鍛錬が吸い地と種の調和を生む。素材を求め産地を巡るのも探求心から。自身の歩みを料理に映す。
〒153-0061 東京都目黒区中目黒1-5-12 ATRIO1F

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