Top Experience 山﨑が託す二日間——西麻布「歩味」に息づく、次代の手仕事
山﨑が託す二日間——西麻布「歩味」に息づく、次代の手仕事

山﨑が託す二日間——西麻布「歩味」に息づく、次代の手仕事

2018年に西麻布に開業した「山﨑」。店主・山﨑志朗氏の他ジャンルでの修行経験にも裏打ちされた確かな技術と感性で、素材の持ち味を研ぎ澄ませた料理を提供し、いまや予約困難店として名を馳せる。今回は、そんな「山﨑」が2024年10月から始めた、若手職人が主となって山﨑氏がいない店でお客様をもてなす取り組み「歩味」について、その背景や意図を聞いた。

足さない美学、素材と向き合う一皿

日本料理を志した山﨑志朗氏は、赤坂「もりかわ」で8年の修行を積んで独立。2015年に「霞町かしわ割烹 しろう」を開業し、2018年に現在の「山﨑」として西麻布に移転した。開業後わずか3ヶ月でミシュラン一つ星を獲得。その逡巡と覚悟の積み重ねが、今の「山﨑」という店の厚みをつくっている。

山﨑氏が料理において一貫して大切にするのは、手を加えすぎてお客様が求めているものから逸脱しないこと。フレンチでは素材の雑味を取り除くより、ソースなどで減点分の点数を加点し、満点を超えるお皿を生み出す。一方で和食の場合は加点のオプションが限定的なので減点をもたらす要素を取り除く方に注力する。目を向けるのは加点よりも素材に余分なものを足さないという姿勢だ。お客さんが求めているのは「和食」であり、だからこそ踏み出すにしても半歩以内に—その按配の見極めが、「山﨑」の料理に静かな緊張感を宿している。

また、3ヶ月先以上の予約をあえて受けないという方針も、同じ精神から来ている。お客様にまた選んでもらえるお店でありたい。良い緊張感がお店の更なる高みへと押し上げる。

若手に託す現場「歩味」に込めた思い

山﨑氏が1年半ほど前から始めたのが、定休日である日曜・月曜や山崎氏が不在時に店の若手職人へ場を委ねる「歩味(あゆみ)」だ。もともとは2店舗目の展開も検討していたが、設備投資・人材確保・技術伝承など様々な面で、新たな店を別に構えることに明確な利点が見出せなかった。それならば現在の店舗資源を活かし、若手が担い、仕込みから現場での接客・売上まで責任を持って還元される仕組みとすることで、実装と対価が結びつくシステムとして「歩味」は誕生した。

「歩味」を託された若手職人たちは、山﨑氏のもとで仕事をしている時とは全く異なる緊張感の中に身を置く。一人の料理人として料理とおもてなしに集中する中で、回を重ねるごとに何を意識し、どこに気を配るべきかが見えてきた——と語る。常連のお客様も自分の料理で満足させなければならないという意識が、大きな変化を生んでいる。

「歩味」という取り組みが目指す場所を、山﨑氏はこう語る。「『歩味』という名前をなくすこと」——「山﨑」のセカンドラインではなく、山﨑氏が店に立たない日にもチームとして満席を維持し続けられる状態であること。それが実現できれば、海外挑戦をはじめとした新たな挑戦も可能になる。先々を見据えながら、個の力を高め合い、「チーム山﨑」として共に未来を形作っていく。

若き職人達による一皿

「歩味」のカウンターに並ぶ皿には、若き職人たちの手つきが静かに刻まれている。なかでも新井雅敬氏による炊き合わせ——鴨つみれと淀大根——は、薄口醤油とみりんで整えた出汁に鴨の旨みがゆっくりと溶け込む、静かな滋味を湛えた一皿。淀大根は形を変えながら幾度も出汁を吸わせて仕上げられ、口に運ぶたびに異なる表情を見せる。

重盛天汰氏が手がける蟹しんじょうの椀は、カニ身を丸く成形して蒸し上げ、出汁を張り、柚子の皮を一文字に添えて締めくくる。シンプルな構成の中にこそ、丁寧な仕事の跡がにじむ。器を選ぶ所作にも、それぞれの個性が表れる。ある者は季節の景色を映す染付を選び、ある者は素材の色を引き立てる無地の器に徹する。正解が一つではないからこそ、選択そのものが職人の思考を映す鏡になる。

「歩味」を支えるのは、新井氏と重盛氏だけではない。日々「山﨑」で腕を磨く若き職人たちが、それぞれの持ち場で仕込みから仕上げまでを担い、一つの店を成り立たせている。互いの仕事ぶりを間近に見ながら手順を確かめ合い、時に意見を交わす——その積み重ねが、料理の端々に落ち着いた呼吸を宿している。師のもとで働く時とはまた違う責任を負いながら、一人ひとりが料理人として、そしてチームとして、料理とおもてなしに向き合う日々。出汁の温度ひとつ、椀を出すタイミングひとつにも、その日その日の判断が問われる。正解のない問いに向き合い続けることこそが、彼らにとっての修行の核心なのかもしれない。

これらの料理は「歩味(あゆみ)」という場があったからこそ磨かれてきた逸品だ。新井氏、重盛氏をはじめとする一人ひとりの手つきの違いが、やがて一つの店の厚みとなって重なっていく。

西麻布の休日、次代への招待

毎週日曜と月曜、17時30分と20時30分の二部制で灯る「歩味」の夜は、乃木坂駅から歩いて9分、西麻布の静かな一角で始まる。平日には別の顔を見せるこの街も、週末の宵になると人の気配が薄れ、暖簾をくぐる者だけが知る静けさに包まれる。カウンター8席のみという小さな器の中で、次代を担う職人たちの仕事が、一皿ごとに自らの料理を表現していく。

その夜に流れる時間は、山﨑氏がいるカウンターとはまた異なる質を帯びている。師の眼差しがない分、若い職人たちは自らの判断で出汁を引き、火を入れ、器を選ぶ。緊張と手応えが交互に訪れるその一夜は、彼らにとって修行の続きであると同時に、料理人としての輪郭を確かめる時間でもあるのだろう。

「山﨑」という確かな系譜を土台にしながら、そこから半歩先へ踏み出そうとする若い手つき。完成された技よりも、その途上にある熱を味わいに来る——そんな楽しみ方も、この店には似合う。師の不在の日に灯る、もうひとつの西麻布の夜。そこには、これから先の日本料理を担っていく人たちの、静かな熱がある。

一夜限りの偶然ではなく、積み重ねの先にある確かな成長を見届けたくなる。そんな予感を抱かせる店が、西麻布の路地裏にひっそりと息づいている。

山崎(歩味)

2018年8月の開店からわずか3ヵ月で、ミシュランガイド東京2019の一つ星に輝いた東京・乃木坂の懐石料理店「山﨑」。その「山﨑」で日々修行を積む職人達が、店を預かり料理を提供する「歩味」。旬の食材をご用意し、それぞれのメンバーが心を込めておもてなす
〒106-0031 東京都港区西麻布1-15-3西麻布UOUビル1F

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