銀座の夜、煙も喧騒もなく、静かに和牛と向き合う場所がある。「日本焼肉 はせ川」が切り拓いてきたのは、ひとつのジャンルではなく、日本の食が進化する先の景色だ。

固定観念を溶かす火——「日本焼肉」という問いの誕生
焼肉とは何か、と問われたとき、あなたはどんな情景を思い浮かべるだろう。煙と喧騒、鉄板の上で踊る赤身の肉。それは確かに、豊かな食体験のひとつだ。しかし、はせ川が差し出すのは、その記憶とはまったく異なる静かな問いかけである——「和牛は、日本料理のはずだ」と。
大阪・心斎橋に一軒の寿司店が産声を上げたのは、2005年のことだった。日本料理と寿司を一つの店で表現するという、当時としては異端ともいえる試みを経て、創業者・古塚建一の眼差しは常に「日本文化の継承と、その先にある進化」へと向けられていた。銀座への進出を果たした2016年、彼は次なる問いを立てた。日本が世界に誇る食材「和牛」が、なぜ韓国式の焼肉スタイルで供されなければならないのか。旬の食材を生かし、器と空間と所作が一体となって初めて完成する日本料理の文脈で、和牛を主役に据えたとき、何が生まれるのか。
「日本焼肉 はせ川 銀座本店」の誕生は、その問いへの静かで確かな回答だった。煙を最小限に抑えた特製の焼き台、季節ごとに吟味された野菜と薬味、職人の手による繊細な切り分け。すべてが、和牛を「日本料理の主役」として迎えるための舞台装置として機能している。匂いが衣服に残らない、胃にもたれない、料理構成が体に寄り添う——それは快適さの追求ではなく、日本料理本来の美学が自然にたどり着く帰結だ。
和牛の魅力を語るとき、しばしば見過ごされるのが「調理法」という視点だ。薄切りという加工の哲学、内臓まで含めたあらゆる部位を味わい尽くす食文化、そして素材に寄り添う火の使い方。海外では厚切りで供されることの多い和牛も、日本固有の調理哲学のもとに置かれたとき、はじめてその本質が開く。はせ川が体現しているのは、まさにその積み重ねだ。

五感を揺さぶる「感動分岐点」の哲学
はせ川のカウンターに座った人が口にする言葉は、しばしば「想像を超えていた」だ。この言葉の裏には、古塚が長年にわたって磨き続けてきた哲学がある。彼はそれを「感動分岐点」と呼ぶ。事前に抱いていた期待値を大きく超えたとき、人は初めて「感動」という体験に辿り着く。その瞬間を意図的に、繰り返し生み出すこと——それがはせ川というブランドの根幹をなしている。
料理は、器と一体となった作品である、と古塚は語る。現代陶芸の旗手として知られる陶芸家・内田鋼一氏に依頼した器は、料理が盛られることで初めて完成する。日本を代表する左官職人・久住有生氏が手がけた店舗内装は、訪れるたびに四季の空気を湛える。名もなき工務店ではなく、想いを共有する職人との協業によって生まれた空間は、単なる飲食の場を超え、日本文化そのものの体験へと昇華されている。
カウンター越しに目の前で繰り広げられる職人の所作、歳時記に従って変わる季節の演出、客の好みや来店目的を事前に把握した上で調整されるおもてなし。平均滞在時間は約3時間30分。それはただの食事の時間ではなく、日本文化という名の旅に身を委ねる時間だ。
その証左として、はせ川には「マイ箸」という文化が息づいている。名前を刻んだ箸を贈られた顧客が、特別な日のたびにこの場所を選ぶ。「困ったときのはせ川さんだよね」——そう語るリピーターの言葉は、単なる満足ではなく、信頼と愛着の深さを静かに物語っている。
東京は、こうした和牛体験を求める旅の目的地として、世界の美食家たちから選ばれ続けている。東京都中央卸売市場食肉市場を擁するこの街には全国のブランド牛が集まり、目利きが集う流通の中枢として機能している。松阪牛、神戸ビーフ、近江牛、米沢牛——全国300種類以上ともいわれるブランド牛の精粋が一堂に会する舞台で、はせ川は厳選の眼差しを持って素材と向き合い続けている。

伝統は守るものではなく、進化させるもの——和牛が問う、日本料理の未来
ユネスコ無形文化遺産にも登録された「和食」は、海外から高い関心を集める一方、日本国内では日本料理人のなり手が急減している。専門調理師認定証書の交付数は、2008年と比べて2021年には半数以下にまで落ち込んだ。伝統の継承ばかりが先行し、新しいトレンドを生み出すという若者の憧れと逆行したイメージが、日本料理を「古いもの」として遠ざけている。
はせ川が問い続けてきたのは、まさにそこだ。伝統とは、守ることではなく、進化させることで初めて生き続けるのだと。固定観念にとらわれることなく「日本焼肉」という新ジャンルを切り拓いた試みは、開業当初こそ認知に時間を要したが、今や銀座・表参道・別亭銀座と店舗を着実に広げ、多くの訪日外国人客からも高い支持を集めている。高級ホテルのコンシェルジュが率先して紹介するレストランとして、その評判は口コミと確かな体験を通じて広がり続けている。
近年、和牛の需要と評価の高まりとともに「和牛の本質的なおいしさとは何か」を問う声が、国内外で増している。重層的な香りと旨み、余韻、食文化や作り手の意志が感じられるかどうか——そこにこそ、次の和牛体験の扉がある。畜産農家、シェフ、そして食べ手が一体となって和牛料理の進化を促していくという流れは、はせ川が20年余をかけて磨いてきた哲学とそのまま重なる。
和牛を通じて日本文化の精髄に触れ、職人のおもてなしに包まれ、器と空間のアートに心を揺さぶられる夜。あなたが次に「特別な夜」を探すとき、その選択肢の中に「日本焼肉」という新しい扉が、静かに、しかし確かに、開かれている。

東京という舞台——希少が、ここに集う理由
銀座という街を選んだことには、必然がある。東京には日本最大級の食肉市場があり、松阪牛、神戸ビーフ、近江牛、米沢牛——全国300種類以上ともいわれるブランド牛の精粋が、日々この都市へと集まってくる。品質と価値が測られる流通の中枢であるがゆえに、目利きの眼差しも、確かな素材も、東京に引き寄せられる。はせ川がこの地に根を張るのは、その連鎖の必然だ。
そうした土台の上に立って初めて、はせ川の「厳選」という言葉は重みを持つ。全国から集まる和牛の中から選び抜かれた素材は、丁寧な下処理を経て、職人の手へと渡る。タンという部位がある。流通量が少なく、和牛のタンを供せる店はそれほど多くない——そのことを知ると、カウンターに置かれた一切れの向こう側に、見えない連鎖の深さが浮かび上がってくる。ハラミもまた然り。筋肉の内側まで霜降りをまとったその断面は、和牛という生き物が積み重ねてきた時間の結晶だ。
火を入れるとき、職人の指先は素材と対話する。強く、速く、そして最後に静かに——その緩急の中に、日本料理が長い歳月をかけて培った火加減の哲学が宿っている。焼く、という行為がこれほど雄弁になる瞬間を、はせ川のカウンターでなければ、どこで出会えるだろう。
素材が火に出会い、器がそれを受け止め、空間が余韻を包む。はせ川とは、そのすべての接点に職人の意志が宿る場所だ。銀座の夜に、静かに、しかし確かに——ここにしかない時間が、幕を開ける。
